目的のためなら

私はスポーツの祭典にもっともそぐわないのは不正、不公平、差別だと思ってますので。
韓国の選手はスポーツ祭典で政治的発言やアピール等が多く度々問題となっていますが、

国として問題認識が欠けているのでは?とも思いますが。
その事自体は正論だと思いますが、それを促すための手段としてのサリタ・デビ選手の抗議のやり方にはやはり疑問が残ります。抗議のためになら他の選手も出る表彰式をぶち壊していいのでしょうか?
他の選手に迷惑をかけずにできる適切な抗議方法があったはずです。やはり目的のためなら手段を選ばないという姿勢には賛同しかねますね。特定秘密保護法に反対する主張における大半の論拠は『知る権利』がトラック買取価格侵害なり制約なり萎縮されることだろう。 その『知る権利』は憲法にこそ直接規定はないが、思うに『知る自由』がその内容であって、表現の自由、思想信条の自由、学問の自由といった精神的自由権の内容の一部に包含されていると考えてもいいと思う。
ようするに『知る権利』は精神的自由権である。 そして精神的自由権が侵害・制約・萎縮されることが特定秘密保護法に反対する人達は嫌なのだ。


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